ただいまキセイチュウ2 田舎を出た男の話(短編小説)


「一緒に来れば天国を見せてやるよ」

いくらなんでも露骨過ぎたか、S子はおれの言葉を聞いて顔をしかめて後ずさりした。
まったく、こんなクソ田舎に住んでいると免疫がつかないのか、ちょっとした台詞にも過敏に反応するからやってられない。

このクソ田舎を離れてもう何年も経つ。最寄り駅までバスで1時間。そのバスも1日に3本しかなく、駅にたどり着いても2時間に1本しかない電車を待つことになる。

集落にはコンビニなんてもちろんなくて、2日に1回やってくる軽トラックの移動スーパーが主な買い物手段だ。下水道も通っているわけがなく、トイレは汲み取り式。それもバキュームカーが回収に来るまでもなく畑の肥料に変わる。まったくエコだね。

お盆のたびに帰ってくるが、この村はまるで時間が止まったようだ。進歩も発展からも取り残された現代の秘境。ひと月も暮らせば霞を食って生きられるようになるだろう。

そんな時間の止まった村で、唯一歳月の移り変わりを感じさせるのがS子だ。S子はおれの幼馴染で、全学年で6人しかいなかった小学校の唯一の同級生。おれがこの村を離れたのはまだガキに毛の生えたような年の頃だったが、S子は今じゃすっかり大人の女だ。野良仕事で焼けた肌と荒れた手指が忌々しいが、泥を落とせば宝石みたいに光りだすに違いない。

おれは帰るたびにこっちの素晴らしさを同窓生に説いていた。こっちには何だってある。野良仕事はしなくていいし、ぼっとん便所で鼻をつまんで用足ししなくたっていい。どうしてこんなクソ田舎に縛られるんだと。

一人、また一人とおれの説得に負けてこっちに出てきた。6人いた同窓生の中で残っているのはS子だけだ。だが、もう何年も説得しているのにS子だけはどうしても首を縦に振らなかった。

「どうしてそんなに嫌がるんだ?こっちの方がずっと楽しいのに」

何度も繰り返した台詞。それからお決まりの返事が来る。

「だって私、まだ死にたくないわよ!」

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