デジタル・ディバイドの不意打ち


バイト先でお馬鹿な写真を撮って、それをTwitterなどにアップして炎上する事件が後を断ちません。

んで、それについての論考が盛り上がっています。

「うちら」の世界(24時間残念営業)
単なる現場からのレポートとして(24時間残念営業)
私のいる世界(ひきこもり女子いろいろえっち)
低学歴と高学歴の世界の溝(はてな匿名ダイアリー)
「バカが可視化される時代」とどう向き合うか(脱社畜ブログ)
本当は正しい「低学力の世界」(狐の王国)

他にもいろいろあるんですが、印象に残ったのはこれくらい。

うーん、なんでしょう。田舎で発見された珍獣を指して、都会の学者が写真だけ見てあれこれ推論しつつ、地元の人間が「学者さん、そりゃーちげーべよ」と反論しているような有様。私が学生のころにワイドショーで流行った「キレる17才」とか「若者の心の闇」みたいな議論を連想しました。

深読みしすぎなような気がするんですけどね。

若いころに、反社会的行動とか常識から逸脱した行為をカッコいいなあと思い、ときどきそれを実行してしまう者が現れるのは人類社会はじまって以来のお約束なんじゃないかと思うわけです。盗んだバイクで走り出したり、夜の校舎で窓ガラスを壊してまわったりしないだけ相当マイルドなグレ方だとも感じます。

もっと時代を遡れば、日米安保に反対した学生さんたちは、火炎瓶を投げたりライフルを抱えて山荘に立てこもったりしていたわけですし。

それをねえ、いい大人が面白がって袋叩きにする「炎上」ってのはどうも気に入りません。そういう怒りは、毎月5万円の積立で1億円が貯められるとか、従業員を自殺するまでこき使うブラック企業とか、そんな感じの真性悪徳業者方面に向けた方がよほど生産的で公の正義に適うのではないでしょうか。別にバンズを布団にされようが、冷凍庫にバイトが入ろうがさしたる実害はないでしょう。

ついにはこんな話も出てきた模様。

ブロンコビリーがバイト撮影問題を起こした足立梅島店を閉店 バイト店員に損害賠償請求も(msn産経ニュース)

うへえ、閉店の上で損害倍増請求っすか。いや、損害賠償はわかるんですけどね。ブランドの毀損、クレーム処理にかかった人件費などは請求して然るべきかと。算出は難しそうですが、数十万円から数百万円くらいっすかね。まあ、人生がダメになる金額ではありません。

しかし、もし閉店の責まで負わせるとなるとそんな額では済まないでしょう。実はもともと閉店したかった店舗で、今回の件がよい口実になったのではないかと邪推する向きもある模様。

しかし、NHKの報道にあった経営陣の説明によれば、当該店舗は黒字だった模様です。

不適切写真のステーキ店閉店(NHK NEWS WEB)

採算が取れていた店舗だが、企業のイメージを大きく損なってしまい、営業再開することには、お客様の理解が得られないと判断した。

これが事実だとすれば、損害賠償の額は跳ね上がります。将来的に店が生んでいたであろう利益までおっかぶせられますからね。その主張が裁判で通るかどうかはさておき。

この経営陣の対応に対しても、賛否両論巻き起こっているわけですが、まあ社内向けの綱紀粛清のための見せしめが目的の一部に含まれているのは間違いないでしょうな。個人的には、そういうスターリン的恐怖経営は現場を萎縮させてよくない結果を招くんじゃないかなあと思うものの、今回のケースは本人の重過失といえるでしょうし、一罰百戒の故事もございますので、何も知らない外野が口を挟みづらいケースだなあなどと、きわめて歯切れの悪い書き様になってしまいますです。

それはさておき、ようやく本題。

この辺の話題を追っていて、一昔前に注目されたデジタル・ディバイド(情報格差)の問題を思い出しました。

デジタル・ディバイドとは、僻地でブロードバンド環境がないとか、貧困で機器が買えない人たちがネット社会から取り残されるために、社会的な格差が拡がるのではないかという懸念を指した言葉です。

ところがどっこい、有線無線を含めてこの日本においてネットに繋がらない場所はほとんど消滅し、携帯電話各社のゼロ円キャンペーンやら、かんたんケータイやらで貧富も老若も関係なくネットに繋がれる時代がやってきてしまいました。

よかった、デジタル・ディバイドなんてなかったんだ。田舎で先端の情報から取り残されるかわいそうな人達なんていなかったんだ。

……となれば、めでたしめでたしだったんですけれど。

残念ながら、平等にインターネットにつながっているのにデジタル・ディバイドは存在しているようで。インターネットを利用しているのにインターネットを知らない人が少なくない。そういえば、「Twitterへの書き込みは”つぶやき”なんだから、何を書こうが説明義務はない」と主張する人に出会って面食らった経験がありました。いや、ツイートは全世界に公開されてるんですけど。

こうなるともう情報リテラシーって言葉を使った方がいいんですかね。今回の問題に限らず、原発に絡んだデマとか、実話系創作が拡散されていたりするのを見ると、毎度トホホな気分にさせられるわけで。ネットに繋がりさえすれば、人類は皆もっと賢くなれるんだというインターネット黎明期の理想はすっかり打ち破られてしまいました。完全に不意打ちですわ。

ネットが大好きで、ネットの可能性を信じている人間としてはなんか悲しい。

考えてみれば、識字率が低かった時代は「国民が全員文字を読めるようになれば無知から来る悲劇は回避できる!」と信じられていたんでしょうし、「国民が全員書物に触れられるようになれば(略)」と信じて図書館が各地に設置されたんでしょう。

それらの施策が実施されたばかりの当時、そのおかげで劇的にみんなの頭がよくなったとかはないんだろうけど、振り返ってみればだんだんと世の中はよくなってきたわけで、せいぜいこの十数年で普及したばかりのインターネットもきっとそんな感じで後世に評価されるのかなとか。

新しいものは極端から極端に振れながら、いつしかバランスを取ってあるべき姿に定着していくと思いますので、こういうゴタゴタが過剰な規制につながらないかなあとちょっと心配になる今日このごろです。

あ、枕より本論の方が短い。

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