佐野研二郎氏の盗作疑惑でオリンピックエンブレムがケガレ扱いですが、匿名公募にして凶悪犯が当選したらどうしたもんだろう問題

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夏の終わり。遠ざかる蝉の声。徐々に消えゆくホットパンツの女性たち。

降りしきる雨音に混じって秋の訪れを感じ、夏を惜しんでいる岡崎です。決してホットパンツの女性を惜しんでいるわけではございません。

ご無沙汰しておりました。ひさびさの更新がこの書き出しはどうなんだと自分でも己の人格を疑いたくなります。

さて、タイトルの件でございます。

何をいまさらな解説ですが、著名「デザイナー(アートディレクター)」の佐野研二郎氏がデザインしたオリンピックエンブレムが盗作なんじゃないかと疑いをかけられた上に、過去の盗作・盗用を有志ネット民に掘り返されて大炎上。せっかく大枚はたいて決定したオリンピックエンブレムは白紙撤回。再びゼロベースから先行し直すという炎上マニアからすれば4尺玉級の大型花火を眺めるような垂涎の事態となっております。たーまやー。

あ、いまWikipediaで見て知ったんですけど、4尺玉って直径120cmもあるんですね。でかすぎる。

それでですね、佐野氏がデザインしたオリンピックエンブレムがそもそも盗作だったのかどうか。今回の取り下げは妥当だったのかどうか的な点で引き続き大火力炎上中だったりします。花火のようにキレイに消え去りはしないわけですね、この問題。

よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?(深津貴之) – 個人 – Yahoo!ニュース

デザイナーの『ごまかし』 本当に「五輪とリエージュのロゴは似てない」か? – ツイナビ | ツイッター(Twitter)ガイド

前者はUIデザインの偉い人、深津貴之氏が書いた文章で、成り立ちが違うんだから結果が似てても別モンなんだよバカヤローという内容です。イヤそんなたけし映画みたいな乱暴な論説ではありませんが。丁寧な解説をされていて、私のような無学者にはたいへん勉強になりました。

一方、後者は匿名の誰かが反論を述べたものです。要するに「なんやごちゃらごちゃら小理屈並べとるけど、そんなん後付け違うんか? ごまかしやろうが?」という内容です。

ワタクシ的にはどちらも相応に説得力のある論だなあと思ったのですが、それぞれについているはてなブックマークコメントを見る限りでは、どうも前者の方が優勢なようでして。

はてなブックマーク – よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?(深津貴之) – 個人 – Yahoo!ニュース

はてなブックマーク – デザイナーの『ごまかし』 本当に「五輪とリエージュのロゴは似てない」か? – ツイナビ | ツイッター(Twitter)ガイド

うーん、デザインっちゅうのは難しい。

個人的には、単純な図形の組み合わせからなるロゴが世界のどこかで作られたなんかしらとそっくりになってしまうって可能性はどう気をつけようが発生してしまうわけで、今回くらいの類似で全方位から集中砲火を浴びてしまうのが通例になってしまうのは怖いなあと。

元ネタになったとされるベルギーのロゴにしても、佐野氏が今回デザインしたエンブレムにしても、全国の中学生が美術の時間に使ったスケッチブックをひっくり返せば形が似ているものはなんぼでも見つかるような気がするんですよね。いや、もちろん完成度はぜんぜん違うでしょうけど。

それでもって、個人的にピンときたのは下記の記事です。

五輪エンブレムをめぐるホッテントリについて – はてな匿名ダイアリー

2chに並ぶ怪文書の巣窟と言われるはてな匿名ダイアリー、通称増田に投稿された記事でございますが、今回の問題は『劇場ロゴのパクリは争点ではない』とし、ホントは下記が問題になったんだよねと喝破しております。

人々が批判したのは、デザインの良し悪しではなくて、五輪エンブレムとして採用するか否かだった。そこでは、次の諸点が問題となった。
・ ベルギーの劇場と法的争点をかかえている。
・ その法的争点は、類似性の有無であって、パクリの有無ではない。
・ トートバッグではパクリが判明した。(彼は犯罪者だと判明した。)
・ さらに、続々とパクリが判明した。(彼は大犯罪者だと判明した。)
・ 原案と最終案がまったく違うと判明した。(組織委は嘘をついた。)
・ 原案では、最終案にある大きな円がなかったと判明した。
 (大きな円を選考理由とした初期の説明は嘘だったと判明した。)
・ 最終案を決定したのは審査員たちでなく事務総長だと判明した。
 (制度を逸脱した暴走であると判明した。非合法ふう。)

『非合法ふう。』のひらがな表記に萌えました。

デザインの素人で、似てるとか似てないとかよくわからない私から見る限り、今回の問題って「作り手が信頼できるかどうか」って問題に思えるんですよね。「作り手」のところは「選考者」としてもよい。

今回の件は、ベルギーのデザイナーの告発をきっかけに火を吹きましたけれど、佐野氏の過去の実績に怪しいところがなければおそらくそのまま鎮火しました。むしろ、その場合のネット世論は「ちょっと似てるからっていちゃもんつけてんじゃねーよ、この著作権ゴロが!」みたいにベルギーのデザイナーさんを非難する論調が優勢になったんじゃないかなーと想像します。

つまり、「サノケンみたいに過去パクリばっかりやらかしくさった野郎がオリジナルを主張したって信じられるわけがない!」というのが今回の「結局のところオリンピックエンブレムはパクリなんか、そうじゃないんか」って論争の核だと思うのです。

この辺、議員さんを選ぶ選挙かなんかと構造が似ているんじゃないかと思うんですけど、私のような貧乏暇なしの小市民は、政治や美術について深く学ぶ時間なんて取れないわけですね。そのために、選挙で言えば政策の、デザインで言えばその美学的背景を理解できるだけの素養を持たない。そんなときに何が判断基準にできるかというと、それを提示している人間が信頼できそうかどうか、という点にほかなりません。

そういう土俵に上がった時点で、佐野氏のオリンピックエンブレムがデザイン論的にどうなんだ的な話はもはや意味を持たなくなってしまった。問題となったのは佐野氏の過去の行状であり、そこから喚起される彼の人格になってしまった。

(そんな風評なんて黙らせるぐらいの素晴らしいデザインを出せばよかったんだ!って意見もあるかもしれないが、そういうものの存在に私自身は懐疑的だ。ゴッホは死後に評価されたし、ピカソはキュービズムを知らない多くの人にとってわけのわからん落書きだろう…なんて思う。絶対的な「美」など存在せず、芸術の評価には何かしらの文脈が必須なんじゃなかろうか)

閑話休題。

随分とっちらかりましたが、ようやくタイトルの件です。3,000字ほど前に「さて、タイトルの件でございます。」なんて書いた気がしますが気のせいだったぜ! 枕が長いクセは半年程度のブランクを空けても治らない。

この件の流れで面白いなあと思うのは、「サノケンも選考委員会も信用できねーからよう。オールカマーの公募で白黒はっきりつけようぜ。ギョーカイのコネ使われっとまた不公平だからよう。匿名ステゴロのガチンコでやろうぜ!」って流れになってるところだなあと。

匿名公募にして、服役中の大量殺人鬼が当選したらどんな反応が巻き起こるんですかね?

作り手が信頼できないから破棄されたハズなのに、倫理的にもっと許されざる罪を犯した人間がデザインしたエンブレムが当選したらどーなるんでしょ。同じデザイン関連で罪を犯した人でなければノット・ギルティなのか。はたまた、一度はギルティ判定された佐野氏が別のエンブレムを作って再当選を果たしてしまったらどうなるのか。

真剣にシミュレーションしたら一冊の本が書けそうなくらいに面白いテーマな気がします。

受け手の考え方と当選者の立場を場合分けしてアレコレ書いてみようかなって思ったんですが、今日はこの文章含めて1万字以上は書いた気がして手が痛いのでこんなところでおしまいです。

振り返ってみると、本論より枕の方が5倍くらい長くて、改めておれって具合が悪いなあと思いました。

ホットパンツ。

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